愚痴・悪口から距離を置いたら人生好転した報告

人間関係

愚痴・悪口から距離を置いたら人生好転した報告

2024年11月12日

愚痴や悪口を言う人と距離を置いて、一年。

新しい友人ができ、過去の引っ掛かりが昇華され、思いがけない臨時収入もまとまった額で入ってきました。

気がつけば目標にもグッと近づき、私を取り巻く環境は大きく変わっていました。

もちろん、「愚痴や悪口から離れたから、お金が入ってきた」と言いたいわけではありません。

人間関係に消耗しなくなり、自分の仕事や暮らしに意識を向けられるようになったことで、いろいろなことが少しずつ良い方向へ動き始めた。私はそう感じています。

元をたどると、2022年の秋に人生計画を見直したことから始まります。

つまり、新たな目標を立てたんです。

すると、まるでそれを見計らったかのように、大きな課題が与えられました。

それを必死でこなしているうちに、プライベートも忙しくなり、当然ながら人と会う時間が激減。

その結果、愚痴や噂話が好きな人とも、自然に距離を置くことになりました。仲の良い人と会う時間まで減りましたけど。

だから、愚痴や悪口から離れたことが最初ではありません。

先に目標を明確にした。そこから環境が一気に動き始めたわけです。

今回は、そんな話を。

愚痴を聞かない環境になって気づいたこと

愚痴をほとんど聞かない環境になって、最初に思ったこと。

「こんなに清々しい毎日を送れるなんて!!」

同じ景色なのに、以前よりクリアに見える。そんな気分でした。

以前の私は、仲の良い友人が困っていたら、話や多少の愚痴くらい聞いてあげたいと思っていました。

もちろん、一時的に弱音を吐いたり、つらい気持ちを誰かに聞いてもらったりすることまで、悪いとは思いません。

私だって愚痴を言うことはあります。

ただ、会うたびに同じ人の悪口を聞く。同じ不満を何度も繰り返す。話の大半が「誰かが悪い」で終わる。

それが続くと、聞いている側の気持ちまで、だんだんそちらへ引っ張られていきます。

私たちの感情は、良くも悪くも周囲の影響を受けます。

以前の記事では、それを「ハウリング」と表現しました。

マイクとスピーカーが音を拾い合って、どんどん大きな音になるように、愚痴を言う人と聞く人の間で、不満や怒りが増幅してしまうことがあります。

だったら、どうせなら良い方向へハウリングしたい。

前を向いている人と、お互いに良い影響を与えながら並走できる自分でいたいと思うようになりました。

愚痴は、別のところにも影響していく

これは、あくまで私自身の体感と、周囲の人たちを見てきて感じていることです。

愚痴が多くなっているときは、その愚痴の対象になっている問題だけでなく、なぜか別のところでもトラブルが起きたり、いつもならスムーズに進むことが進まなくなったりします。

お金を失うような出来事が起きる。
人からの信頼を失う。
せっかくのチャンスを逃す。

私自身にも、そんな時期がありました。

もちろん、「愚痴を言ったから罰が当たった」という話ではありません。

愚痴を繰り返していると、意識が「うまくいかないこと」ばかりに向くようになります。

目の前にあるチャンスに気づけなかったり、人への言葉がきつくなったり、冷静な判断ができなくなったりする。

その積み重ねが、愚痴とは一見関係のないところにまで影響していくのではないかと、私は感じています。

自分が言わなくても、聞き続ければ引っ張られる

「私は愚痴を言っていないから大丈夫」と思っていました。

でも、自分が言わないようにするだけでは、足りないこともあります。

いつも誰かの不満や悪口を聞いていると、自分まで物事の悪い面ばかりを見るようになり、その人の感情に引っ張られてしまうからです。

話を聞いた直後は何とも思っていなくても、家に帰ってから気分が重くなる。

本人から直接何かをされたわけでもない相手に、いつの間にか悪い印象を持っている。

そんな経験はありませんか。

だから私は、愚痴や悪口を繰り返す人からも、必要に応じて距離を置いた方がいいと思っています。

相手を嫌ったり、見捨てたりするためではありません。

自分の気持ちや考え方まで、いつの間にか同じ方向へ引っ張られないようにするためです。

もう一つ、距離を置いた方がいいと感じた人

そして、もう一つ気をつけたいと感じたのが、無意識に人へ優劣をつけ、無意識に私のことを見下している人です。

口では何とでも言えますから、私のように相手の言葉を真に受ける人にとっては、見分けるのが難しい案件です。

職業や学歴などで、無意識にヒエラルキーを作っている人に多い気がします。

でもまさか、私にまでそれを当てはめているとは想像もしていませんでした。

おそらく、そういう価値観は、本人の中に深く浸透しているのでしょう。

相手も無意識で、悪気はないのです。

今から思えば、会話の中にはヒントが散りばめられていて、たまに「ん?」と感じることがありました。

しかし、呑気な私は「気のせいかな」と聞き流してしまっていて……。

それに気づいたときの衝撃といったら。

「ああ、これはもう、私が望む人間関係ではないんだなぁ」と悟りました。

お互いのために距離を置く勇気

愚痴を言う人も、無意識に人を見下す人も、決して悪い人ではないのですよ。

むしろ、話が面白くて、一緒にいて楽しい人ばかりです。

だからこそ、距離を置くのをためらってしまいます。

でも、その関係を続けることで自分が消耗し続けるなら、自分自身を粗末に扱っていることにもなります。

人間関係を断ち切る必要はありません。

会う頻度を減らす。返信を急がない。聞ける余裕がないときは、話を聞かない。

自分が心地よくいられる距離を保つのは、自分を尊重し、大切にしているということです。

相手だって私だって、時間がたてば良い方向へ変わるかもしれません。

でも今は、悪いハウリングを起こしてしまう時期だから、少し距離を置く。

お互いのために。

たくさん努力をするのと同じくらい、人間関係を整理することも大事なのだと、つくづく思いました。

今だから分かるのですが、愚痴を聞き続ける環境や、対等ではない関係性は、私自身が受け入れていた環境でもありました。

相手のせいだと思っていたことも、結局は、自分が選んだ結果だったわけですね。

怒涛の一年を過ごし、これまで見過ごしていたことに、ようやく気づくことができました。

学ぶことがたくさんありました。少しは成長できた気がします。

同じような経験をされた方も、多いのではないでしょうか。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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