嫌いじゃない。悪い人でもないんです。
尊敬しているところも、好きなところもある。一緒に笑い転げる日だってあります。
それなのに、会った後はなぜか疲れている。何気なく言われたひと言を、帰宅してから何度も思い出してしまう。
私は長いこと、「これくらいでモヤモヤする私の心が狭いのかも」と考えていました。
でも、人と距離を置くことは、相手を嫌いになることでも、縁を切ることでもありません。
連絡や会う頻度を、自分が穏やかでいられるところまで戻す。それだけでも、人間関係はかなり楽になります。
この記事では、私が「一緒にいると疲れる人」と距離を置くまでに考えたこと、実際にしたこと、その2年後に起きた変化までを書きます。
一緒にいると疲れる人|距離を置くサイン7つ
基準は「相手が悪いか」ではなく「自分が消耗しているか」
人と距離を置きたいと思っても、相手が悪人でないほど迷います。
そこで私は、相手を裁くのではなく、その関係の中で自分がどうなっているかを見ることにしました。
- 嬉しい話をすると、「でも」「それって」と水を差される
- 会話の大半が相手の愚痴で、こちらの話はほとんど聞かれない
- 話を最後まで聞かず、たびたび遮られる
- 頼んでいないのに、助言というより指図をされる
- 人との関わり方に、いつも損得勘定を感じる
- こちらの喜びや成功を話すと、急に空気が冷える
- 会った後、楽しかったはずなのに毎回どっと疲れる
いくつ当てはまったらアウト、という話ではありません。たった一つでも、それが何度も繰り返され、自分が消耗しているなら、距離を見直す理由になります。
このうち「話を最後まで聞かず、たびたび遮られる」については、話を最後まで聞かない人との付き合い方を別の記事にまとめています。
娘のひと言で、自分の違和感に気づいた
ある日、娘がずっと欲しかった服を着て学校へ行きました。朝は、顔がピカピカしていました。
ところが帰宅すると、浮かない顔。男子にその服をからかわれたというのです。
「本当に楽しみにしていたのに、なんだか価値がなくなった気がして悲しい」
その言葉を聞いたとき、私も同じような経験を何度もしてきたことを思い出しました。
気に入っているものや大切にしていることを、誰かの余計なひと言で台無しにされる。一度なら流せても、それが続くと、自分の喜びにまで自信が持てなくなります。
人間関係は、冗談を言い合えることより、根っこで相手を尊重できていることの方が大事なんだと思います。
私も「余計なひと言」を言う側だった
ここで偉そうに書いておりますが、私は昔、余計なひと言を言う側でした。
相手が喜んでいるのに、「でもさ」と自分の意見を差し込み、良いことに気づかせてあげたくらいに思っていた。今思い出すと、本当に恥ずかしい。
あるとき、相手から「その発言は不要じゃない?」とはっきり言われ、ようやく気づきました。
もちろん、その瞬間はショックです。でも、あの日言ってもらえなかったら、今もドヤ顔で人間関係を壊していたかもしれません。言ってくれた人には感謝しています。
だから、相手が一度失敗しただけで切る必要はないと思っています。伝えた後に行動が変わる人もいるからです。
ただし、伝えても変わらない。我慢しても苦しい。毎回こちらだけが消耗する。そこまで来たら、距離を置いていい。
人と距離を置きたいとき、私が実際にしたこと
私の場合、裏切られたわけでも、騙されたわけでもありません。お世話になったこともあるし、良い思い出もあります。
だから絶縁ではなく、関係が近くなりすぎる前の位置まで、少し戻すことにしました。
連絡の頻度を少しずつ減らす
まず、LINEなどの返信を急がないようにしました。
即レスしていたのを数時間後に。数時間後だったのを翌日に。翌日だったのを数日後に。
既読無視でもブロックでもありません。ただ、自分の生活を先にする。それだけです。
理由を聞かれたら、「最近ちょっと忙しくて」で十分。実際、仕事も家のことも犬との昼寝も、私には大事な予定です。
次の約束をすぐに入れない
誘われたときも、「行けたら行く」と曖昧に期待を持たせるのをやめました。
難しい日は、「その日は難しい」と返す。「また今度ね」を、必ずしもすぐの今度にしない。
そうしているうちに、会う頻度が月1回から2か月に1回になり、気づけば半年に1回になっていました。
大げさな話し合いをしなくても、距離は調整できます。
必要なら、自分の希望だけを短く伝える
相手との関係を続けたいなら、「愚痴が続くと少し疲れてしまう」「今は一人の時間を増やしている」と、自分の希望だけを伝える方法もあります。
相手を分析したり、性格を直そうとしたりする必要はありません。変えられるのは、自分がどこまで付き合うかだけです。
罪悪感が出ても、すぐ元の距離に戻さない
一番難しかったのは、距離を置いた後の罪悪感でした。
「冷たいことをしているのでは」「あんなにお世話になったのに」。そんな気持ちが、じわじわ出てきます。
でも、愚痴を黙って聞き続け、余計なひと言を我慢し続けることが、本当に相手のためになるでしょうか。
距離を置くことは逃げではありません。自分の心と時間を、自分で管理することです。
実際に一人の時間を過ごしてみると、静かで穏やかで、「あ、これが私の本来のペースだった」と気づきました。
人間関係を整理した後に起きた変化
自分の幸せを、そのまま味わえるようになった
愚痴や余計なひと言から離れ、一人でいる時間を増やしました。
すると、「ああ、なんて幸せなんだろう」と思う瞬間が増えていったのです。
自分が幸せだと思うことに、誰からも「でも」と横槍を入れられない。喜びをそのまま味わえるって、こんなに気持ちが良かったのか。
ところどころで「ん?」と引っかかりながら誰かと一緒にいるより、一人で犬とゴロゴロしている方が、よほどご機嫌でした。
娘にも伝えました。
「あなたがその服を着て幸せなら、その気持ちを大事にすればいい。あなたを大切にしてくれる人の言葉を大事にしなさい」
2年後、孤独どころか新しい出会いが増えていた
距離を置き始めてから、2年が経ちました。
ベルリンという限られた生活圏で、ただでさえ少ない友人と距離を置いたら、本当に一人になるのでは。新しい出会いなんて、どこから来るのだろう。最初はそう思っていました。
ところが蓋を開けてみると、この2年間で驚くほど多くの人と出会っていました。
会った後に疲れない。喜びに水を差されない。お互いを当たり前に尊重でき、別れた後も楽しい余韻が残る。
そんな人たちが、少しずつ周りに増えていました。
これは「自分を大切にすれば宇宙が良い人を連れてくる」という話ではありません。
自分の時間と心に余白ができたから、新しい場所へ行き、新しい人と話し、心地よい関係を選べるようになった。私はそう考えています。
【まとめ】自分を大切にするとそれに見合った出逢いがやってくる
相手からの愚痴や無遠慮な言葉が浴びせられるのを我慢するということは、自分を粗末に扱っていることになります。
だからこそ、一度立ち止まって「その人との距離感」を見直してみる。
人間関係を断ち切るのではなく、適切なバランスを取るだけのこと。
それは、自分を大切に扱うということでもあります。
自分を大切にしてくれる人との新しい出会いはいくらでもやってきます。
最近どこかで目にした、心に響いた一文。
「無条件に自分を愛している人には、無条件にあなたを愛する人があなたの人生に入りこんでくる」
本当にその通りすぎて、何度もこの言葉を噛み締めています。
14歳の娘に「1人でいることも悪くないよ」と伝えたら、微妙な顔をしていましたけど。笑
🔻私が個人的に気に入っている本🔻
子どもの頃から“人間関係のコツ”を学べたら、心が少しラクになるかもしれません。
この本は、まさにそれをやさしく教えてくれます。
教育学者・齋藤孝がカーネギーの教えをやさしく解説!
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実際に愚痴や悪口から離れたあと、仕事・収入・人間関係がどう変わったのかを、こちらにまとめています。
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