6年

Saturday 11 March, 2017

あれから6年経ちました。誰か偉い人が節目を迎えたとか言っていたらしいけど、私の中ではまだ終わっておらず続いていることで、仮設住宅に住んでいらっしゃる方々が放置されていること、避難し続けている方がいらっしゃることなどを含め、本当オリンピックや石油の国の人に莫大なお金を払っている場合じゃないと心底思っています。何よりもあの日から価値観と生活がガラッと変わりました。そして今でも危機感を持ち、生活を続けています。無かったことには決してできません。(物理的に無理よね)ドイツに住んでいても食べ物にはずっと気をつけていて日本へ子連れで帰国することに今でも抵抗があります。


他の人がどうしようが今は何も思わなくなったけど、自分自身の生活を変えようとは決して思わない。やり過ぎだったとしたら後から笑い話にすれば良い。でももし逆の結果になり後から後悔するくらいなら、できる限りリスクをゼロに近づけたい。


最近になって、ドイツという日本から離れた国に住みながらも危機感を忘れず、311直後の価値観で生活を続けていることはすごいことだと、仲の良い人と会った時にコソッと言われるようになりました。それはやはり少しだけ「知って」いるからで。そして想像しているからで。それが外れて欲しいけど、この先どうなるかは誰にだってわからない。だから私は自分で判断してそれを行動しているだけ。

私の人生、子供の人生、これからも妥協はあり得ません。いつでも最善を尽くしていきたい。毎年、この月の11日を迎えるたびに決意を再確認します。